こんにちは。
心と家族の相談室。家族肯定感🄬の専門家おかりなです。
うちの子たちは、すでに社会人。
お盆休み、子どもたちが帰省してきました。
私はリビングで、パソコンに向かって帳簿付け。
ちょうど決算期なので、私の周りにはレシートの山です。
その横では、息子が友人とプールへ行くためにビーチボールを膨らませていました。
そして、なぜか当たり前のように始まる、リビングでのビーチバレーボール🤣
私はコーヒーも入れていたので、
「こぼれたら怖いな〜」
「電球に当たったら怖いな〜」
と思いながら見ていました。
そのとき、ふと昔のことを思い出したんです。
「そういえば、次女ちゃん、昔、電球割ったよね」
次女が小学生の頃。
バトントワリングを習っていたので、家の中でもバトンを練習していました。
そしてある日、
ガシャーン!
見事に電球を割ったことがあります。
もちろん当時の私は、こっぴどく叱りました。
その話をすると、次女が言いました。
「そうそう。怒られた、怒られた💦」
そして続けて、
「でもさ、バトンの練習しなかったら怒られるし、家で練習して電球割っても怒られるし」
……。
確かに。
そりゃ理不尽だわ🤣
そこから、今度は旅行中の「枕投げ事件」の話に。
ホテルで子ども3人が枕投げをしていて、
「やめなさい!」
「もうやめなさい!」
と何度も言っていた私。
そして最終的に、
飛んできた枕が、座っていた私の頭に命中。
そこで母、爆発。
3人を正座させて、かなり怒りました。
すると息子が、
「いや、あれは何回もやめろって言われた後だったから、怒られて当然だと思ったけどね」
と。
そんな昔話をしながら、みんなで大笑いしました。
昔の私なら、たぶん笑えなかった
今はこうして、
「あのときのお母さん、理不尽だったね〜」
と笑えます。
でも、以前の私だったらどうだっただろう。
子どもから昔のことを言われると、
自分が責められたような、
馬鹿にされたような、
なんとも居心地の悪い気持ちになって、
「だって、あのときは!」
「何回言ってもやめなかったでしょ!」
「そもそもあなたたちが悪かったんじゃない!」
なんて、怒ったことを一生懸命正当化していたかもしれません。
そして最後には、
「親に向かって、そんな言い方しないの!」
なんて、さらに怒っていたかも(笑)
今思うと、
あれは「怒り」だけじゃなかったんですね。
怒りの下には、小さな感情がいる
今回、息子がリビングでビーチボールを投げているのを見ながら、
私は自分の中にある気持ちを眺めてみました。
「コーヒーがこぼれたら怖い」
「電球が割れたら怖い」
昔のバトンのことを思い出すと、
「練習しなくて、先生に迷惑をかけたら不安」
「せっかく習っているんだから、上手になってほしい」
そして、
「娘が上手にできたら、私もうれしい」
そんな気持ちもあったと思います。
怖かった。
不安だった。
上手になってほしかった。
ちょっと自慢でもあった。
そんな小さなエゴたちが、
「ちゃんと練習しなさい!」
「家の中でやらないで!」
という大きな声になっていただけなのかもしれません。
エゴがあることが悪いわけでもありません。
親だって人間です。
怖いし、不安にもなるし、
子どもには幸せになってほしいし、
できればうまくいってほしい。
ただ、
希望として伝えることと、強制することは違う。
今なら、それがわかります。

怒りを「希望」に変える3ステップ
家族にイライラしたっていいと思います。
家族にイライラしたとき、
すぐに穏やかな人になろうとしなくてもいいと思っています。
まず、自分の心の中を見てみます。
1.「私は今、どんな感情でいる?」と目を向け気づく
「腹が立つ!」
で終わらせず、その少し奥を見てみます。
怖い?
不安?
困る?
悲しい?
恥ずかしい?
感情を消そうとする必要はありません。
まず、
「ああ、私、怖いんだ」
と気づくだけ。
自分の感情に名前をつけるんです。
2.その感情の奥にある「願い」を見つける
怒りの奥には、本当は願いが隠れていることがあります。
「家の中でボールを投げないで!」
の奥には、
「物が壊れないでほしい」
「安心して過ごしたい」
という願いがある。
「ちゃんと練習しなさい!」
の奥には、
「上手になってほしい」
「応援したい」
という願いがある。
もしかすると、「自慢の娘をもっと自慢したい」という気持ちもあったかもしれません。
大人のエゴがあった。
怒りだけを見ると相手を責めたくなりますが、
願いまで見えると、
少し言葉が変わってきます。
3.命令ではなく「私の希望」として伝える
「やめなさい!」
ではなく、
「電球に当たりそうで、私はちょっと怖いんだ。外でやってくれるとうれしい」
「練習しなさい!」
ではなく、
「私はあなたが上手になったらうれしいな。応援してるよ」
もちろん、
いつもこんなにきれいに言えるわけではありません(笑)
今でもです。
でも、
相手を動かそうとする言葉から、自分の気持ちと希望を伝える言葉へ。
少しずつ変えていくことはできます。
過去を笑えるようになったのは、あの頃の自分を責めなくなったから
今、子どもたちと昔のことを笑い合えるのは、
昔の私の子育てを
「あの頃の私はダメな母親だった」
と否定する必要はないんですよね。
「過去の私を肯定すること」と「過去の行動を全部肯定すること」は同じではない
・感情:「怖い」「不安」「上手になってほしい」→ これは間違いではない。自然に起きたもの。
・願い:「安全でいてほしい」「上手になってほしい」→ これも大切な願い。
・行動・伝え方:「怒鳴る」「正座させる」「強制する」→ あの時はそうするしか知らなかったけれど、今なら別の選択肢があったとわかる。
あのときの私は、あのときの私なりに一生懸命だった。
そして子どもにも、
「お母さん、あのときは理不尽だったよ」
と思う自由もある。
自分の感情と、怒りの違いがわかること。
すぐにできなくても大丈夫。すると
「あのときは、そうだったね」
と一緒に笑える。
私は、
家族と笑い合える関係でいたい。
だから今、その不安からの感情や状況を希望として伝える
「こうしなさい」と家族に求めるのではなく、
まず私自身が実践しています。
怒らない母になることがゴールではなくて、
怒ってしまう自分も、
怖がっている自分も、
子どもの言い分も、
全部そこに置いて、
また笑い合える場所に戻ってくる。
家族肯定感®って、
そんな力なのかもしれません。
怒りをなくさなくてもいい。
その奥にある「怖い」「不安」「こうなってほしい」に気づけたとき、
強制だった言葉は、愛のある希望へと変えていけるのです。
心と家族の相談室Thanks Gift
花岡璃奈(おかりな)
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