投稿者: kazokukoutei

  • いろんな値段があがっていく。水道料金の値上げも。
    ニュースでインタビューに答えていたおばあさん、
    「いやや〜、また節約せんといけん💦」
    って、すごく怒っていらしたんです。
    その姿を見ながら私は、
    「そりゃ、そう思うよね」
    と思いました。
    もらえるお金が増えるわけではない中で、
    食費も、電気代も、いろんなものが上がっている。
    きっと、その方も今までいろいろ工夫しながら、一生懸命暮らしてこられたんだと思います。
    だから、
    「また節約せんといけん」
    という言葉の奥には、
    「これ以上どうしたらいいの」
    という不安や、暮らしを守りたいという思いもあるのかもしれません。

    同じことを、受講生さんたちに聞いてみた

    心のあり方習慣講座で、この話をしてみました。
    「水道代が上がるって聞いたら、どう思う?」
    すると、いろんな答えが返ってきました。
    「節約を工夫して楽しむチャンスかも」
    「日本って、蛇口をひねったら安全なお水が出るんよね。ありがたいよね」
    「古くなった水道管の維持も必要だろうし、水道局の人たちも一生懸命考えてくれたんだろうね」

    そして大学生の受講生さんが、
    「私、水道代払ってない。お母さんが払ってくれてる。ありがたい」
    って。
    それを聞きながら、私はなんだか、とてもうれしくなったんです。

    誰の感じ方が正しい、という話ではありません

    ここで伝えたいのは、
    「値上がりを嫌だと思うのはよくない」
    ということではありません。
    嫌だと思ってもいい。
    腹が立ってもいい。
    不安になることだってあります。
    その感情には、その人なりの背景があるから、どんな感情を感じても当然なんです。

    「ありがたい」と感じる人にも、
    「工夫してみよう」と思う人にも、
    それぞれの人生や価値観があります。
    誰が正しいか、ではないんですよね。でも…

    現実は同じ。でも、見えているものが違う

    水道代が上がる。
    その現実そのものは変わりません。
    でも、その出来事をどこから見ているかによって、心の中に広がる世界は変わってきます。
    「また負担が増える」
    も現実。
    「安全な水が当たり前に使えている」
    も現実。
    「設備を守っている人がいる」
    も現実。
    「家族が払ってくれていた」
    も現実。
    どれか一つが正しくて、ほかが間違っているのではなくて、
    心のあり方が変わると、今まで見えていなかったものまで見えるようになる。
    私は、そこがとても面白いと思っています。

    「心のあり方」を整えるということ

    私は、心のあり方を整えることを、
    「何でもポジティブに考えましょう」
    ということだとは思っていません。
    つらいときに、
    「感謝しなくちゃ」
    と無理やり気持ちを変えることでもありません。
    「嫌だな」
    「困ったな」
    という自分の気持ちも、そのまま大切にする。
    そのうえで、
    「ほかには、どんな見方があるんだろう?」
    と少しだけ視野を広げてみる。
    すると、同じ出来事の中にも、自分を苦しめるものだけではなく、今まで気づかなかったものが見えてくることがあります。
    私はそれを、心のあり方が変わると、見える景色が変わるということなのだと思っています。

    私がうれしかったこと

    受講生さんたちの答えを聞いて、私がうれしかったのは、
    「前向きな答えが出たから」
    だけではありません。
    自分の立場だけではなく、
    水道局の人。
    お母さん。
    社会を支えている人。
    そんな自分とは違う立場に、自然に想像が広がっていたこと。
    そこに、私は広い視野を感じたんです。
    自分の気持ちを大切にしながら、
    自分以外の人の事情にも少し思いを向けてみる。
    そんな人が家庭の中に一人増えたら。
    職場に一人増えたら。
    社会に少しずつ増えていったら。
    見える世界は、ほんの少しやさしくなるのかもしれません。
    あなたは水道代があがると聞いて
    何を感じましたか?

    家族肯定感の専門家
    花岡璃奈(おかりな)

    受講生さんたちが学ぶ心のあり方習慣講座の
    体験会でお待ちしています。
    https://www.reservestock.jp/page/consecutive_events/47162

    花岡璃奈 公式メルマガの購読申し込みはこちら

  • 【残席3名】あなたの知らないあなたに出会う。10月23日コラージュセラピー開催

    あなたは、本当は何がしたいですか?

    これから、どんな人生を生きていきたいですか?

    そして、あなたがこれまで大切にしてきたものは何でしょう?

    私たちは、自分のことを一番よく知っているようで、実はまだ気づいていない自分がいるのかもしれません。

    そんな自分に出会うための、コラージュセラピーを開催します。

    コラージュセラピーとは?

    雑誌や写真などから、心が惹かれるものを自由に選び、切り抜いて、一枚の紙の上に配置していきます。

    絵を描くのが苦手でも大丈夫。

    上手な作品を作ることが目的ではありません。

    大切なのは、何を選び、それをどこに置いたのか。

    コラージュセラピーは、ユング心理学における夢分析や象徴の考え方ともつながる、心理的な表現方法です。

    箱庭療法では、砂箱の中にさまざまなものを配置して心の世界を表現します。

    コラージュセラピーも、それに似た形で、紙の上に自分の内面を表現していきます。

    選んだ象徴物や、その配置を手がかりに、普段は意識していない思いや心の動きを探っていくのです。

    あなたの見えなかったものが、見えてくる

    作品を通して見つめていくのは、例えばこんなこと。

    これからのあなたは、本当は何がしたいのか?

    あなたは、これまで何を大切に生きてきたのか?

    あなたの行動のブロックになっているものは何なのか?

    自分では当たり前だと思っていたこと。

    ずっと心の奥にしまっていた思い。

    気づかないうちに、自分にかけていた制限。

    そんなものが、作品を手がかりに見えてくることがあります。

    象徴には、一人ひとり異なる意味があります。

    だからこそ、作品に決まった正解を当てはめるのではなく、対話を通して、その人自身にとっての意味を大切にしていきます。

    自分を知ることは、自分を大切にすること

    「どうして私は、いつも同じところで立ち止まってしまうんだろう?」

    「本当はやってみたいのに、なぜか一歩が踏み出せない」

    そんな思いにも、これまでの人生の中で大切にしてきたものや、心の奥にある理由が関わっているのかもしれません。

    自分を否定するためではなく、自分をもっと理解するために。

    これまでの自分も、これからの自分も、大切にしていくために。

    自分の心に、ちょっとごほうびを

    私たちはつい、周りの人の気持ちを優先して、自分のことを後回しにしてしまうことがあります。

    でも、自分の心にも目を向けてあげたいですよね。

    好きな写真を選んで、切って、貼って。

    色や形を楽しみながら、夢中になって一つの作品を作る。

    そんなクラフトの時間そのものも、自分へのごほうびです。

    そして、出来上がった作品を読み解いていくと、

    「私、本当はこんなことを感じていたんだ」

    「こんなことを大切にしたかったんだ」

    そんな、自分でも気づいていなかった発見があるかもしれません。

    作る楽しさと、自分を知る喜び。

    日常から少し離れて、心のままに手を動かしながら、自分自身と向き合う時間をご一緒できたらうれしいです。

    🌷 開催概要

    日時: 2026年10月23日(金)13:00〜16:00

    会場: レンタルスペース樹
    広島県福山市新涯町1-7-24

    参加費: 3,500円(当日現地払い)

    定員: 6名

    残席:3名

    🌷 お申し込み

    少人数で、じっくりと自分の心に向き合う時間です。

    【お申し込みはこちら 】
    https://forms.gle/ATmGVK1575d3v2aR6

    これからの人生を、もっと自分らしく。

    ご一緒できることを楽しみにしています。

    家族肯定感®
    花岡りな

  • 女性の心と経済の自立

    女性の心と経済の自立

    【バックエンドって、どうやって作るの?】
    起業塾で学んで商品を作った。
    でも、いざとなると売れない。
    高額商品を作っても、いざとなると言い出せない。
    そもそも、フロントセミナーに人が集まらない…。

    そんなこと、ありませんか?
    もしかしたらそれは、あなたにも、あなたのところに来てくださる方にも、合っていないやり方なのかもしれません。

    昨日のROSYの会の勉強会では、
    「売りたい商品」から考えるのではなく、

    今、あなたのところに来てくださっている方のお困りごとや、ゴール見て商品を考えてみよう
    というワークをしました。

    「この人は、何に困っているんだろう?」
    「どんな未来を望んでいるんだろう?」
    「そのために、私が持っている経験や知識、力の中で何が使えるだろう?」

    そこから商品を作ってみる。

    参加してくださった方から、
    「Aさんというお客様に寄り添いたいと思っていました。
    でも、どうしたらいいのかわからなくて。
    Aさんのためのプランをイメージして作ってもいいんですね。」

    そんな感想をいただきました。
    また別の方からは、
    「楽しいのと、本当に勉強になりました。
    5年後、6年後くらいには毎月温泉に行きたいです。
    現実はいろいろあるかもしれないけれど、なんだかワクワクします。」
    という声も😊

    こういうの、すごく嬉しい。

    商品を作ることって、売上を作るためだけじゃない。
    自分はどんな人生を送りたいのか。
    そのために、どんな働き方をしたいのか。
    誰の役に立ちたいのか。
    そこまでつながっているんだと思います。

    ROSYの会のモットーは、
    女性が心も経済も自立し、バラ色の人生へ🌹

    0→1の人も、1→10の人も。
    みんなそれぞれの場所から、一歩ずつ進んでいます。

    一人で考えていると、同じところをぐるぐるしてしまうこともある。
    そんなときは、一緒に考えて、一緒にやってみる。
    起業塾とは少し違う。
    でも、ただの交流会でもない。

    自分を知って、自分の価値を信じて、必要としてくださる人に仕事を届けていく。
    そんな場所がROSYの会です🌹

    一人で悩んでいる方、
    一緒に一歩進んでみませんか?

    次回のROSYの会定例会は
    2026年10月10日(土)14:00~16:00
    リアル&オンラインで開催します。
    定例会は1,000円で見学可能です。
    (事前にご予約ください)

    リアル会場:
    広島県福山市新涯町1-7-24
    レンタルスペース樹にて
    オンライン:ZOOM

    起業って気になる。そんな方は是非遊びにいらしてください。
    お問合せお待ちしています。

    #起業塾未満だけど起業塾以上の価値を

  • 「秋の漏洩まつり」開催中?

    「秋の漏洩まつり」開催中?

    昨日、夫がニュースを見ながら
    「怖いなぁ、気をつけんとなぁ」
    「大変じゃなぁ」
    と不安を口にしていた企業の情報漏洩のニュース。
    訴訟に参加する人もたくさんいるらしい、とのこと
    怒りに感じちゃう人もいますよね。
    なんて話していたところ。

    今朝
    息子がひと言。

    「今、ネットでは『秋の漏洩まつり』って言われてるよ」
    え?

    「“あそこが漏洩したか!じゃあ次はうちも!みたいな」

    いやいやいや。不謹慎でしょう!
    漏洩をおまつりにしないでください(笑)

    私たちはこういうニュースを見ると、
    「怖い」
    「被害に遭ったらどうしよう」
    「その会社、大丈夫なの?」
    と、つい“被害を受ける側”から見ます。

    でも私も仕事をしていて、
    お客様の名前や連絡先など、大切な情報を預かっています。

    ということは、
    私たちだって、被害者になる可能性もあれば、
    知らないうちに加害する側になる可能性だってある。
    だから、
    「怖い、怖い」と不安になるだけでもなく、
    「なんて会社なの!」と誰かを責めるだけでもなく、
    まずは、
    自分にできる対策を、ちゃんとする。
    パスワードを見直す。
    個人情報の扱いを確認する。
    自分の仕事の仕組みも見直してみる。
    できることは、ちゃんとやる。
    そして、やることをやったら、
    「秋の漏洩まつり」
    って笑えるくらいの余裕も持っていたい。

    何かが起きるたびに、
    不安や怒りの中で生き続けるんじゃなくて、
    できることはちゃんとやる。

    その上で、それを笑って見守れる器がいい。
    そんなことを思った我が家の夜でした

    家族肯定感🄬カウンセラー
    心と家族の相談室
    花岡璃奈(おかりな)

  • 「まあいっか」には2種類ある。受容ともう一つは…?

    「まあいっか」には2種類ある。受容ともう一つは…?

    旦那さんに何か言われて、ちょっとモヤッとしたとき。

    お店で、店員さんに無視されたように感じたとき。

    「まあ、いっか」

    そう言って、その場を終わらせる。

    一見すると、相手を受け入れていて、
    とても穏やかな対応のように見えます。

    でも実は、

    「まあ、いっか」には、2種類あるんです。

    本当は旦那さんに言い返したい。
    本当は店員さんに「今の対応、どうなんですか?」って言いたい。

    でも、

    「喧嘩になるのも嫌だし」
    「面倒な人だと思われたくないし」
    「争いたくないし」

    だから、

    「……まあ、いっか」

    もう一つは、

    「旦那さんにも、何か事情があったのかもしれないな」

    「店員さん、今日はすごく疲れてたのかな」

    「私が嫌いだから、あんな態度をしたわけじゃないかもしれない」

    そうやって少し違うところから出来事を見て、

    「まあ、いっか☺️」

    同じ言葉なんだけど、

    この二つ、
    心の中で起きていることは全然違うんです。

    前者は、

    本当は嫌なのに、自分の気持ちを飲み込んでいる「まあ、いっか」。

    後者は、

    自分の気持ちにも気づいたうえで、相手にも相手の事情があるかもしれない、と手をゆるめられた「まあ、いっか」。

    私はこれを、

    「諦めからの、まあいっか」と
    「信頼からの、まあいっか」

    と考えています。

    先日、友人であり、私の「心のあり方習慣講座」の卒業生でもある澤野華子さんとある、講座を一緒に受講していたのこと。

    Facebookで発信していて、

    「告知をしても、あまり反応がなかったらどうする?」

    という質問があったんです。

    華子さんは、

    「そんなに反応がなくても、気にしないかな」

    と言ったんです。

    これも、「まあ、いっか」ですよね。

    でも華ちゃんは、

    「どうせ誰も読んでないし」
    「発信したって意味ないし」

    と諦めているわけではありません。

    Facebookで「いいね」やコメントをしなくても、読んでくれている人はいる。

    今ここで目に見える反応がなくても、
    別のところではちゃんと届いていることもある。

    それを経験として知っている。

    だから、

    「反応がない=届いていない」

    とは決めつけないんですね。

    自分が届けているものへの信頼もある。
    そして、目の前に見えている反応だけで判断せず、Facebookという場所を少し離れたところから冷静に見てもいる。

    だから、

    「まあ、そんなもんかな」

    と手をゆるめられる。

    投げやりなんじゃない。

    信頼しているから、握りしめなくてもいい。

    これもまた、

    「信頼からの、まあいっか」

    なんだと思います。

    まとめ

    「まあ、いっか」には、
    諦めからの「まあ、いっか」と、信頼からの「まあ、いっか」があります。

    でも、諦めからの「まあ、いっか」が悪いわけではありません。

    大切なのは、
    「まあ、いっか」と言ったあとに、まだ心がモヤモヤしているなら、その気持ちを置き去りにしないこと。

    そんなときは、

    「あれ? 私、本当はどうしたかったんだろう?」

    と、自分に聞いてみる。

    本当は言いたかった。
    本当はわかってほしかった。
    本当は悲しかった。

    そんな自分の気持ちに気づくことができたら、それだけでもいい。

    そして、自分の気持ちをちゃんと受け取ったうえで、

    「相手にも事情があったのかもしれない」
    「今は手放しても大丈夫」

    と思えたときの、

    「まあ、いっか」

    それは我慢でも、投げやりでもなく、
    **自分や相手への信頼から生まれる「まあ、いっか」**なのかもしれません。

    あなたが今日言った
    「まあ、いっか」

    それは、どんな「まあ、いっか」でしたか?

    家族肯定感の専門家
    心と家族のカウンセラー
    花岡璃奈(おかりな)
    ご相談は公式LINEよりコメントください。

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    澤野華子さんのkindle書籍「チョコとコーヒーで頑張るのをやめる本」はこちらからダウンロードできます。
    https://amzn.asia/d/08nBnLmw

  • 「してくれない」が生み出したもの

    私が苦手な仕事の一つに、「決算」があります。
    夫の実家の家業。
    17年前、夫が立ち上げた会社なのですが、夫は勤め人なので、当時主婦だった私が代表になりました。
    代表とは何をする?
    実務は、事務仕事です。40歳になるころ、独学で学んだ複式簿記。

    そして、この時期は決算処理のお仕事。
    あ、もちろん。税理士さんにはお願いしてますよ😂

    でも、カウンセリングのお仕事や、介護をしながらだと、後手後手になってしまってました。

    そして、やっと今朝、決算終わったー!
    あとは、税理士さんにおまかせ。

    その、決算をしながら、大事なことに気づきました。

    夫はどうも、数字が苦手のよう。
    自分ではじめた会社なのに、私に丸投げなのも嫌でした。
    「なんで、税金払うために、こんな仕事してるの?」そんな風に感じてしまってました。

    そしたら、仕事が嫌で嫌でしょうがない。楽しくない。
    お仕事をさせてもらってることに感謝なんて生まれない。

    で、口から出るのは
    「なんで、あなたはしないのよ!」

    当然、夫からも攻撃的な言葉が出ます。
    「俺だって忙しい!」

    お互いイライラ

    カウンセラーとして活動するようになって、
    家族肯定感を知ってからは

    「ああ、夫はこういうことが苦手なんだな」
    って、感じるようになれました。

    できないことを
    無理にやってもらわなくてもいい。

    でも、それだけだったんですよね。
    お互いの役割は分離できていた。得意な人が得意なことをすればいい。
    でも、今日、もっと深いことを気づくことができたんです。

    介護の必要な両親のご飯。
    とてもじゃい忙しくて、作っていられない。
    「じいちゃんたちにご飯買ってきてくれる?」
    夫に頼むと、
    お安い御用というように、すぐに買いにいってくれる。

    だって夫には、
    夫がしてくれていることがたくさんある。

    今日も私が
    両親のところへご飯を持って行きたいと言ったら、
    夫は嫌がることもなく届けてくれました。

    両親も
    「おいしそう。いつもおいしいお弁当をありがとう」って言ってくれる。

    以前の私は、

    「これをしてくれない」
    「あれもしてくれない」

    そんな「ない」の方を
    たくさん見ていたのかもしれません。

    すると夫も、

    「俺はできない」
    「俺だって仕事がある」
    「俺だって忙しい」

    そんなふうに
    自分を守ろうとしていたように思います。

    でも私が、

    「これをしてくれている」
    「ありがたいな」

    と、“ある”を見るようになってから、

    夫も少しずつ

    「俺にできることは?」

    を探してくれるようになった気がします。

    そして、それは両親との関係でも同じでした。

    以前なら、

    「ちゃんとご飯を作ってあげられていない」

    そんな“できていない自分”を
    見ていたかもしれない。

    そしたら、もしかしたら、両親も
    「総菜ばかり食べさせる!」って文句を言っていたかもしれません。

    でも両親は、
    買ってきたお弁当でも

    「ありがとう」

    と喜んで受け取ってくれる。

    家族肯定感って、

    家族が自分の思い通りに
    何でもしてくれることではなくて、

    「してくれない」から
    「してくれている」へ。

    「ない」から
    「すでにある」へ。

    自分の見る場所が
    少し変わることなのかもしれません。

    私が家族の「ある」を見つける。

    すると家族も、
    自分のできることを見つけてくれる。

    そして今度は、
    家族から私の「ある」を返してもらう。

    自己肯定から、家族肯定へ。
    家族肯定から、また自己肯定へ。

    家族肯定感って、
    一方通行じゃなくて、

    こうやって家族の中を
    ぐるぐる循環していくものなのかもしれない。

    一人の「見る場所」が変わることで、
    家族の中を流れるものは
    少しずつ変わっていく。

    「ない」から「ある」へ。

    決算、間に合った。

    娘がいてくれてよかった。
    夫がいてくれてありがたい。
    両親が「ありがとう」と
    受け取ってくれるのもありがたい。

    今日の私は、

    「ない」じゃなくて、

    もうここにあるものを
    ちゃんと受け取ってみようと思います☺️

    家族肯定感カウンセラー
    心と家族の相談室 ThanksGift
    花岡 璃奈

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    https://lin.ee/qWFDi04

  • 「間」があるから、伝わる

    「間」があるから、伝わる

    家族のことを大切に思っている。

    だからこそ、

    「それは危ないんじゃない?」
    「そんなふうに考えなくてもいいのに」
    「こうしたほうが、あなたのためだよ」

    と言いたくなることがあります。

    きっとそこには、愛があるんです。

    相手に傷ついてほしくない。
    失敗してほしくない。
    少しでも楽になってほしい。

    でも、その愛が相手にちゃんと伝わっているかというと、そうとは限らないのかもしれません。

    私は「間」というものを、とても大切にしたいと思うようになりました。

    「間」を大切にするということ

    私の憧れの女優さんの一人に、松坂慶子さんがいます。

    ドラマの中では、きびっとしたお母さんを演じられたり、美しく強い女性を演じられたりします。

    でも、インタビューなどでお話しされている松坂慶子さんを見ていると、とても「間」があるんです。

    相手が話し終わるまで待つ。

    そして、その言葉を一度自分の中に受け取ってから、言葉を選ぶようにゆっくりと返す。

    私は、あのお話の仕方にとても憧れています。

    というのも、私は娘からよく、

    「ママは、かぶせてくる」

    と言われていたからです。

    相手がまだ話し終わっていないのに、

    「でもさ」
    「もっとこう捉えたらいいのに」

    と、言葉をかぶせてしまう。

    私としては、否定しているつもりなんてありませんでした。

    むしろ逆です。

    大切だから。
    心配だから。
    少しでも楽になってほしいから。

    良かれと思って伝えていたんです。

    でも相手からすると、

    「否定された」
    「私の気持ちを分かってもらえなかった」

    と感じる瞬間だったのかもしれません。

    愛がなかったわけではない。

    ちゃんと愛していた。

    ただ、その愛が相手に届く前に、私の言葉が入ってしまっていたのかもしれません。

    もし、そこにほんの少し「間」があったら。

    相手が話し終わるまで待つ。

    すぐに答えを返さず、一度その言葉を自分の中に受け取る。

    そして、

    「あなたは、そう思っているんだね」

    と、まずその人の気持ちを受け止める。

    それだけで相手は、

    「この人は、私の話を聞いてくれている」
    「私の気持ちを受け取ってくれている」

    と感じられるのかもしれません。

    もちろん、相手の言うことをすべて、

    「正しいよ」
    「それでいいよ」

    と認めることとは違います。

    意見が違うこともある。

    「それは危ない」と思うことだってある。

    それでも、その言葉を伝える前に、相手の思いを最後まで聞くことはできる。

    もしかしたら、

    心の器とは、相手の思いを最後まで聞き切る器なのかもしれません。

    そして、もう一つ大切にしたいのが、笑顔です。

    無理につくる笑顔ではなく、

    「あなたの言葉を、ちゃんと受け取っていますよ」

    という、柔らかな笑顔。

    私もまだまだ練習中です。

    つい言いたくなることもあるし、
    「でもね」と言葉を挟みたくなることもあります。

    そんなときこそ、ほんの少し「間」を置いてみる。

    言葉を急がない。
    答えを急がない。
    相手を変えようと急がない。

    「間」は、何もしていない時間ではなく、
    相手の心を受け取っている時間。

    家族への愛は、きっともうそこにある。

    だからこそ、その愛がちゃんと届くように。

    私も、松坂慶子さんのような柔らかな「間」を持つ女性になりたいと思っています。

  • 自分たちの土地で、他国同士が戦争するということ


    【パラオ旅行記②】
    自分たちの土地で、他国同士が戦争するということ
    ――パラオで広島県人の私が立ち止まったこと

    パラオの地図を見ていると、「防空壕跡」「海軍省」「特二式内火艇」の文字が現れます。
    それは、特別な施設でなく、道沿いや、高校のグラウンドの裏にむき出しです。

    錆びて、蔦が絡まり、その横では普通に緑が生い茂っている。
    それでも、撤去されない形で残してある。
    海の中にも、今もゼロ戦や、日本の船が沈んでいるそう。

    80年以上前の戦争の跡が、観光施設の中ではなく、
    今の暮らしの風景の中に残っているんです。

    パラオには、かつて日本の統治時代がありました。地元の人はJapanese Timeと呼んでいます。その前のスペイン→ドイツ時代よりも、学校ができ、道路も整備され経済も発展されたと聞きます。親日家が多いのもそのなごり。

    だけど、第二次世界大戦では、日本とアメリカの戦いの舞台にもなりました。沖縄が上陸されたように、グアム、サイパン、硫黄島のように、パラオも戦場になりました。

    パラオに行く前、昨年公開された「ペリリュー~楽園のゲルニカ~」というアニメ映画を見ていました。
    パラオの南西のペリリュー島は、島民は、別の島に疎開し、焼野原になりました。
    戦争が終わっても、やっと生き残った日本人が戦争が終わったことを知らず(知っても受け入れられず)2年間も島に隠れていたそうです。餓死、風土病で生き残って投降したのは34人。

    日本人が去ったあと、次はアメリカの統治時代が続き、1994年にやっと独立。
    1994年ってつい最近じゃんって思ってしまう。沖縄復帰よりあとだったんだ。と驚いた。

    ホテルから歩いて5分ほどに戦車が今もさびたそのままの形で眠っていた。
    戦争をしていた日本で、防空壕を身近に見ることもあまりないのに。

    「これは、誰の戦争だったんだろう」

    簡単に語れるものではありません。

    でも、いろんな理由をつけて
    ある国がやってきて統治し、
    その国が別の国と戦争を始める。

    そのとき、
    そこに昔から暮らしていた人たちはどうなるんだろう。
    統治時代の恩恵もあったでしょう。でも、別の側面もある。

    「日本時代はよかった」
    「日本はひどかった」
    とか、その一方で語ることはできない。

    自分たちが始めたわけではない戦争の中で、
    暮らしていた土地が戦場になる。

    家を離れなければならなくなる。
    土地が焼かれる。
    大切な場所が壊される。

    そんなことが、
    実際にこの美しい島で起きたんだ。

    そう思うと、
    「親日国なんだね」
    「日本とのつながりが深いんだね」

    それだけでは、
    私は終われませんでした。

    その一方で、
    ペリリューには、こんな話が語り継がれています。
    島民が「私たちも一緒に戦いたい」と申し出たとき、日本軍の中川州男大佐が「お前たちのような土人と一緒に戦えるか」という趣旨の厳しい言葉で拒んだ。
    島民たちは、日本人も自分たちを見下していたのかと傷ついた。
    けれど、疎開する船が島を離れると、日本兵たちが浜に現れ、涙ながらに手を振りながら見送っていた。
    その姿を見て島民たちは、「あの言葉は、自分たちを戦争に巻き込まないためだったのかもしれない」と受け取った――。

    どこまでが史実で、どこからが語り継がれる中で形づくられた物語なのかは、分かりません。
    でも私は、この話を聞いたとき、とても心に残りました。

    私は広島県人です。
    広島にも、普通に人が歩き、
    笑い、
    買い物をし、
    子どもたちが学校へ通う場所に、

    「あの日」がありました。、

    「戦争は嫌だ」

    という一言だけではなく、
    普通の人の暮らしはどうなるのか。
    想像できる人でありたいと思いました。

    戦車の周りには、草が生えていました。
    自然は、何事もなかったように、また命を育てている。

    夫は静かに、蔦を取り除きはじめました。
    少し、不気味さもある鉄の塊
    かつては、ここに本当に人が乗っていた
    蔦をとり草を抜き、その部分を丁寧に出す夫の姿に、「この人すすごいな」と思っていました。

    こんな大きなものを、日本から南の島へ運び、ここを走らせていた。
    そして、今もその跡がある。
    パラオの人たちは、その日をそのままおいてくれている。

    自分とは違う国の人、
    違う時代を生きた人、
    名前も知らない誰かの痛みを、

    「私には関係ない」

    と切り離さずに、そこにあったものを、そこにあったものとして残している。

    そして戦車の横に立つ夫を見て、

    「その服、生き残り兵士みたいじゃね?」

    なんて、不謹慎にも二人で笑ってしまいました。
    こんな冗談を言いながら、
    夫婦でここに立っていられる。

    それは、今が平和だから。

    私たちは、戦争のない時代に戦争のない国に生まれた。

    この平和が当たり前になっている。
    だけど、
    この平和を当たり前にするのではなく、

    知ること。
    想像すること。
    そして、次の世代へ渡していくこと。

    それが、この時代に生まれた私たちの、意味であり、責任なのかもしれません。


    パラオで見つけた愛のカタチ②。

    美しい南の島で、
    私は「平和」について、
    ずいぶん長く考えていました。

  • フレンドリーじゃなくていい?

    【パラオで見つけた、愛のかたち①】
    心と家族の相談室。家族肯定感の専門家 おかりなです。


    先日、結婚30年の旅行で、夫婦でパラオにいったんです。
    その旅で気づいた心と家族の整え方を何回かにわけて記していきたいと思います。

    パラオへ行く前、YouTubeショートでこんな動画を見ました。

    ■ パラオの人たちはフレンドリーじゃない?

    親日家で知られるパラオ

    パラオへ行く前、YouTubeショートでこんな動画を見ました。

    「日本人だとわかると、パラオの人たちが集まってきて歓迎してくれる」

    そんなイメージを少し持っていた私。

    ところが実際に行ってみると、
    みんなが笑顔で話しかけてくるという感じではありませんでした。

    第一印象だけなら、ちょっとこわもてに見える人もいます。

    南国特有の笑顔あふれる気さくな人たちそんなイメージで行ったんですね。

    「思っていたのと違うな…」最初はそう感じました。

    ところが、過ごしているうちに、私は別のことに気づきました。

    パラオの人たちは、
    フレンドリーではないのかもしれない。
    でも、とてもKindnessなんです。

    ■ 道路を渡ろうとすると、車が止まる

    パラオの中心地コロールを歩いていると、
    とても印象的だったことがあります。

    道路を渡ろうとすると、
    車が止まってくれるのです。

    私たちが道路を渡ろうとしていると、
    すっと車が止まる。

    「どうぞ」と
    大げさに声をかけるわけでもありません。

    ただ、止まる。

    それが何度もありました。

    「ちゃんと見てますよ」その意思表示

    自分が先に行けるのに、
    少しだけ止まる。

    相手の安全のために、
    自分の時間をほんの少し譲る。

    親切って、
    何か大きなことをしてあげることだけではないんですよね。

    誰かのために、
    少し立ち止まれること。

    ■ フレンドリーとKindnessは違う

    旅の途中では、
    現地の方がプルメリアの花を取って、
    私の耳にさしてくださったこともありました。

    たくさん会話をしたわけではありません。

    でも、その短いやり取りは、
    とても温かく残っています。

    フレンドリーさは、その人の気質。
    Kindnessは、その人が選ぶ行動。

    もちろん、
    フレンドリーで親切な人もいますし、
    この二つは反対のものではありません。

    もともと人見知りの私は

    「人と仲良くできる人」
    「気軽に話しかけられる人」
    「愛想のいい人」

    に、あこがれていたんですね。

    「もっと人と話せたらいいのに」

    けれど、
    パラオで少し考え方が変わりました。

    人見知りでもいい。

    たくさん話せなくてもいい。

    私はKindnessでいることはできる。

    ■ 愛とは、相手を大切に扱うこと

    これは家族関係にも通じると思います。

    愛というと、

    「大好き」
    「ずっと一緒にいたい」
    「たくさん話したい」

    という感情を思い浮かべることがあります。

    でも、
    毎日一緒に暮らす家族に、
    いつでもそんな気持ちでいられるわけではありません。

    意見が合わない日もある。
    イライラする日もある。
    一人になりたい日だってある。

    それでも、

    相手の話を聞く。
    相手の安全を大切にする。
    相手の領域を侵さない。
    相手を一人の人として尊重する。

    そんな行動は選ぶことができます。

    だから私は今、

    愛とは、
    好きになることだけではなく、
    存在を大切に扱うことなのかもしれない。

    と思っています。

    パラオで見つけたのは、
    美しい海だけではありませんでした。

    言葉ではなく、
    行動で表される親切。

    そして、

    「私も、こんな人でありたい」

    と思える生き方でした。

    また、パラオで気づいた愛のカタチを投稿していきたいと思います。お楽しみに!

    心と家族のご相談は下記の公式LINEよりお問合せください

    https://lin.ee/TtydaHB

  • できなかった日を数えなくていい。
    今日また始めたら、今日は「始めた日」になる。

    ついつい目が向いてしまうこと。
    「また、3日坊主になってしまった」
    「また続かなかった」
    と、できなかった日のほうを数えてしまいます。

    でも、過去の3日間はもう変えられない。

    だけど

    今日また始めたなら、
    今日は「できなかった4日目」ではなく、
    「新しく始めた1日目」なんですよね。

    できてないと自分を責めるのでなく

    できたよね

    できることあるよねと

    自分や家族に許可を出してあげてみませんか?