旦那さんに何か言われて、ちょっとモヤッとしたとき。
お店で、店員さんに無視されたように感じたとき。
「まあ、いっか」
そう言って、その場を終わらせる。
一見すると、相手を受け入れていて、
とても穏やかな対応のように見えます。
でも実は、
「まあ、いっか」には、2種類あるんです。
本当は旦那さんに言い返したい。
本当は店員さんに「今の対応、どうなんですか?」って言いたい。
でも、
「喧嘩になるのも嫌だし」
「面倒な人だと思われたくないし」
「争いたくないし」
だから、
「……まあ、いっか」
もう一つは、
「旦那さんにも、何か事情があったのかもしれないな」
「店員さん、今日はすごく疲れてたのかな」
「私が嫌いだから、あんな態度をしたわけじゃないかもしれない」
そうやって少し違うところから出来事を見て、
「まあ、いっか☺️」
同じ言葉なんだけど、
この二つ、
心の中で起きていることは全然違うんです。
前者は、
本当は嫌なのに、自分の気持ちを飲み込んでいる「まあ、いっか」。
後者は、
自分の気持ちにも気づいたうえで、相手にも相手の事情があるかもしれない、と手をゆるめられた「まあ、いっか」。
私はこれを、
「諦めからの、まあいっか」と
「信頼からの、まあいっか」
と考えています。
先日、友人であり、私の「心のあり方習慣講座」の卒業生でもある澤野華子さんとある、講座を一緒に受講していたのこと。
Facebookで発信していて、
「告知をしても、あまり反応がなかったらどうする?」
という質問があったんです。
華子さんは、
「そんなに反応がなくても、気にしないかな」
と言ったんです。
これも、「まあ、いっか」ですよね。
でも華ちゃんは、
「どうせ誰も読んでないし」
「発信したって意味ないし」
と諦めているわけではありません。
Facebookで「いいね」やコメントをしなくても、読んでくれている人はいる。
今ここで目に見える反応がなくても、
別のところではちゃんと届いていることもある。
それを経験として知っている。
だから、
「反応がない=届いていない」
とは決めつけないんですね。
自分が届けているものへの信頼もある。
そして、目の前に見えている反応だけで判断せず、Facebookという場所を少し離れたところから冷静に見てもいる。
だから、
「まあ、そんなもんかな」
と手をゆるめられる。
投げやりなんじゃない。
信頼しているから、握りしめなくてもいい。
これもまた、
「信頼からの、まあいっか」
なんだと思います。
まとめ
「まあ、いっか」には、
諦めからの「まあ、いっか」と、信頼からの「まあ、いっか」があります。
でも、諦めからの「まあ、いっか」が悪いわけではありません。
大切なのは、
「まあ、いっか」と言ったあとに、まだ心がモヤモヤしているなら、その気持ちを置き去りにしないこと。
そんなときは、
「あれ? 私、本当はどうしたかったんだろう?」
と、自分に聞いてみる。
本当は言いたかった。
本当はわかってほしかった。
本当は悲しかった。
そんな自分の気持ちに気づくことができたら、それだけでもいい。
そして、自分の気持ちをちゃんと受け取ったうえで、
「相手にも事情があったのかもしれない」
「今は手放しても大丈夫」
と思えたときの、
「まあ、いっか」
それは我慢でも、投げやりでもなく、
**自分や相手への信頼から生まれる「まあ、いっか」**なのかもしれません。
あなたが今日言った
「まあ、いっか」
それは、どんな「まあ、いっか」でしたか?
家族肯定感の専門家
心と家族のカウンセラー
花岡璃奈(おかりな)
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